第一次世界大戦の全貌:原因から結末まで

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nariです🙋

地球上で初めての世界大戦とされる第一次世界大戦ですが、その内容は知ってましたか?

私は第二次世界大戦のことは分かりますが、第一次世界大戦までいくと、なんとなくでしか分かりませんでした。疑問に思い専門サイトを調べつくして、記事にしました。

なぜ 第一次世界大戦が始まったのか、何ヵ国が参戦したのかなど、その経緯を解説したいと思います。

私なりの見解からすれば、どの時代の戦争も国民が、権力者の犠牲になるものだと思いました。

序章:第一次世界大戦とは?

第一次世界大戦 1914年(大正3年)~1918年(大正7年)は、ヨーロッパを中心に世界中を巻き込んだ大規模な戦争です。この戦争は、帝国主義国家間の覇権争い(はけんあらそい)が背景にあり、サラエボ事件をきっかけに勃発しました。

1. 戦争の原因

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1.1 帝国主義と列強の対立

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの列強国は植民地拡大を目指し、互いに競争していました。この帝国主義的な競争が、各国間の緊張を高めました。

1.2 サラエボ事件

1914年(大正3年)6月28日、オーストリア皇位継承者フランツ・フェルディナント大公がセルビア民族主義者によって暗殺されました。この事件が直接の引き金となり、オーストリアセルビアに宣戦布告しました。

2. 戦争経過

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2.1 初期の戦闘と拡大

戦争は当初、オーストリアセルビアの局地戦(限られた地域内での戦争・戦闘)として始まりましたが、同盟関係によりドイツ、ロシア、フランス、イギリスなどが次々と参戦し、ヨーロッパ全土に広がりました。

2.2 塹壕戦(ざんごうせん)と新兵器の登場

西部戦線では塹壕戦が主流となり、戦線は膠着状態(こうちゃくじょうたい)に陥りました。また、戦車や毒ガスなどの新兵器が初めて使用され、多くの犠牲者を出しました。

塹壕戦とは、敵の攻撃から身を守るために掘られた溝を使って戦う戦術です。

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3. 戦争の結末と影響

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3.1 終戦とヴェルサイユ条約

1918年(大正7年)11月11日、ドイツが降伏し、戦争は終結しました。その後、ヴェルサイユ条約が締結され、ドイツは多額の賠償金を課されました。

3.2 戦後の影響

第一次世界大戦は、ヨーロッパの地図を大きく変え、4つの帝国(ドイツ帝国オーストリア(=ハンガリー帝国)、オスマン帝国ロシア帝国)が崩壊し新しい国々が誕生しました。また、この戦争は第二次世界大戦の原因ともなります。

4. 知られざるエピソード

4.1 クリスマス休戦

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1914年(大正3年)のクリスマス、前線の兵士たちは一時的に戦闘を停止し、敵同士がクリスマスを祝うという出来事がありました。この「クリスマス休戦」は、戦争の中でも人間性が垣間見えた瞬間として知られています。

4.2 動員された植民地兵

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ヨーロッパ列強は、自国の植民地からも多くの兵士を動員しました。これにより、アフリカやアジアの兵士たちも戦争に参加し、多くの犠牲を払いました。

5. 科学技術の進歩

5.1 塹壕戦と機関銃

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第一次世界大戦では、塹壕戦が主流となりました。これは、機関銃の登場により、従来の戦術が通用しなくなったためです。機関銃は一度に大量の弾を発射でき、多くの兵士を一瞬で倒すことができました。

5.2 戦車

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戦車は、塹壕を突破するために開発されました。1916年(大正5年)のソンムの戦いで初めて使用され、その後の戦争で重要な役割を果たしました。戦車は、敵の塹壕を越えて進むことができ、戦場の様相を一変させました。

5.3 飛行機

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飛行機は、偵察や爆撃に使用されました。初期の飛行機は主に偵察に使われましたが、戦争が進むにつれて爆撃機や戦闘機が登場し、空中戦が繰り広げられるようになりました。

5.4 毒ガス

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毒ガスは、戦場での新たな脅威として登場しました。1915年(大正4年)のイーペルの戦いで初めて使用され、その後も様々な種類の毒ガスが使用されました。毒ガスは、兵士たちに恐怖を与え、戦争の残酷さを一層際立たせました。

5.5 潜水艦

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ドイツのUボート(潜水艦)は、海上戦で重要な役割を果たしました。Uボートは、敵の商船や軍艦を攻撃し、海上封鎖を行うために使用されました。これにより、海上交通が大きく影響を受けました。

5.6 無線通信

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無線通信の進歩により、戦場での指揮命令が迅速かつ正確に行えるようになりました。これにより、部隊間の連携が向上し、戦術の柔軟性が増しました。

5.7 医療技術

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戦争中には、多くの負傷者が出たため、医療技術も大きく進歩しました。X線の使用や血液輸血の技術が発展し、多くの命が救われました。また、義肢やリハビリテーションの技術も進展しました。

6. 日本参戦の経緯

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6.1 日英同盟と参戦

日本は、1902年(明治35年)に締結された日英同盟を背景に、第一次世界大戦に参戦しました。1914年(大正3年)8月15日、日本はドイツに対して最後通牒(さいごのつうちょう)を送り、8月23日に宣戦布告しました。日本の参戦は、主にドイツのアジアにおける権益を奪取することを目的としていました。

6.2 戦争中の活動

青島の戦い

日本は、イギリスと協力して中国山東省の青島を攻撃し、1914年(大正3年)11月7日にこれを占領しました。この戦いは、日本がドイツの東洋艦隊の根拠地を奪取するための重要な作戦でした。

南洋諸島の占領

日本は、ドイツ領南洋諸島マリアナ諸島カロリン諸島マーシャル諸島)を占領しました。これにより、日本は太平洋における戦略的な拠点を確保しました。

6.3 中国への影響力拡大

二十一カ条の要求

1915年(大正4年)1月、日本は中国に対して「二十一カ条の要求」を提出しました。これには、山東省のドイツ権益の継承や、旅順・大連の租借期限の延長などが含まれていました。この要求は、中国に対する日本の影響力を強化するものでしたが、国際的には批判を浴びました。

西原借款(にしはらしゃっかん)

日本は、中国の段 祺瑞(だん きずい)元首相 政権に対して多額の資金援助を行い、影響力を拡大しようとしました。この資金援助は、正式な外交ルートではなく、西原亀三という個人を通じて行われました。

6.4 経済的影響

大戦景気

第一次世界大戦中、日本は戦場にはならず、ヨーロッパ諸国への軍需品の輸出を拡大しました。これにより、日本は好景気を迎え、国家財政の危機から脱出することができました。

6.5 戦後の影響

国際連盟への参加

戦後、日本は国際連盟常任理事国となり、世界の五大国の一つとして認められました。また、戦争中に占領した山東省や南洋諸島の権益もそのまま維持しました。

結論:戦争がもたらした技術革新

第一次世界大戦は、科学技術の進歩が戦争の形を大きく変えた時代でした。これらの技術革新は、戦争の悲惨さの中でも、現代の生活では多大な貢献をしています。

最後まで観覧してもらい有難うございます。

現在も技術が進歩し続けています。

地球や人に優しい技術向上なら良いのですが、それを無視した多くの破壊や殺戮(さつりく)の技術向上は誰も望んでないはずです。自分の首を絞めていることに、気付いてほしいです。

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